さおだけ屋との出会い
私の妻が、中学生以来の友人Mさんと「洗濯物をどうしているか」という主婦的な話題で盛り上がったときのことだ。「物干し竿をさおだけ屋から買った」と妻が言うと、Mさんは驚いて、「さおだけ屋はヤクザがやっているから、そこから物を買ってはいけない。これは杉並・中野の常識だ」とたしなめたそうだ。Mさんは、ご主人がさおだけ屋から物干し竿を買おうとしたのをあわてて止めたこともあるらしい。
そう、妻はさおだけ屋から物干し竿を買ったことがある。山田真哉氏のベストセラー「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」は、身近な疑問をもとに会計学をやさしく解説している本だ。その疑問のひとつが、本のタイトルにもなっているさおだけ屋である。一度買えば数年間は買い換える必要のない物干し竿を、いつ通りかかるかわからないさおだけ屋から買うメリットはないはずであり、さおだけ屋が商売として成り立っているのはとても不思議だというわけだ。しかし、Mさんから杉並・中野の「常識」を聞かされていた妻は、「さおだけ屋が本当にヤクザなのかどうか」を解明する本だと思っており、見事に期待を裏切られた。
妻は独身時代、実家から独立して賃貸マンションで一人暮らしを始めた。彼女の実家は、窓を開ければお隣さんが見えるという東京の下町の住宅密集地。しかも南側に6階建てのマンションが建ち、昼間でもほとんど陽が当たらない。東京ガスの衣類乾燥機「乾太くん」で洗濯物を乾かすという生活を送っていた。そこで賃貸マンションを探すにあたって重要視したのは、「ベランダが広く、南を向いている」ということである。
さいわい希望通りの物件が見つかった。しかも、着付け教室での友人Yさんが歩いて数分のところにご両親とともに住んでいる。Yさんの家は、その土地に代々住んでいる有力者。一人娘である妻のご両親も、何かあったときに頼れる人たちがそばにいるなら安心と考えたようだ。
引越し当日、家具の運び入れも終わった。妻とその母はベランダに出て、「日当たりがいいねぇ」「長い物干し竿が置けるから、これなら洗濯物がたくさん干せるね」と喜んでいた。
「ところで、物干し竿ってどこで買うんだろう?」 そう、肝心の物干し竿がまだないのだ。
「金物屋さんかしら? それともホームセンター?」
「私のクルマじゃ、積んで帰って来られないよ」
二人で思案しているとき、妻の携帯が鳴った。Yさんだった。
「今、うちの前をさおだけ屋のトラックが通ったから、あなたのマンションに向かってもらうように頼んだよ。」
ベランダから下を見ると、「たけや~、さおだけ~」の売り口上とともにこちらに向かってくる小型トラック。そして、その前を先導するかのように、Yさんが自転車で走ってくる。こうして妻は、実際に「さおだけ屋から物干し竿を買う」ことになったのであった。
そのさおだけ屋が、近所の金物屋で配送の途中だったかどうかは不明。他の物を抱き合わせで売りつけられなかったか(山田氏の著書参照)と聞いてみたが、「買った竿を好きな長さにカットしてくれたし、親切だった」とのこと。
引っ越し当日に友人の家の前をさおだけ屋が偶然通りがかる。しかもそのさおだけ屋が悪徳商人でもなく、ヤクザでもなかった(らしい)。運の強い妻である。
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