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2005年11月24日

アメリカの「参加」と日本の「所属」

一橋大学大学院商学研究科教授の伊丹敬之が、プレジデント」2005.7.4号の「『市場原理主義』が日本で根づかないもう一つの理由」という記事で興味深い分析をしている。

アメリカは、「参加」することが基本的なイデオロギーの社会である。いっぽう日本は、「所属」することが基本であると伊丹氏は書いている。

アメリカでは企業はあくまで「参加」するものであり、その参加が報われなければ企業から退出すればいい、というイデオロギーである。

その結果、企業の従業員は、参加している企業に不満があったり、よりいいオファーを出す企業があれば、現在の企業を退出して新しい企業に参加する。株主は、株を買うことで企業に参加しているので、よりよい経済的報酬を渡してくれる買収者が現れれば、株を譲り渡してその企業から退出する。

アメリカの俳優はオーディションによって選ばれて公演に参加するが、日本の俳優は劇団に所属しているというおもしろい例も示している。

こういったイデオロギーの違いがどこから生まれてきたかというと、その重要な要因のひとつが国の成り立ちである。

アメリカは、「強く意識を持って」「古い社会や圧政から逃れるために」、異なった人々が参加してつくられた国である。(中略)建国の時代からアメリカは「参加」の国であり、現在でも世界中からの移民がアメリカに大量に流れ込んで「参加」の国であり続けている。アメリカ人にとっては、もっとも基礎的な組織である国自体が、「参加」の対象なのである。
これに対して日本は、
とくに強い、「国家建設」の意図があったとは思いにくい。(中略)大半の日本人にとって、日本という国は生まれたときに「所属」していたものなのである。生まれた地域社会への所属も自然に生まれる。そして働くことになる企業への所属感覚も、多くの日本人には自分で意識しないうちに、自然に生まれているのであろう。

と伊丹氏は書いている。ひとりの日本人として共感できる分析だ。

日本人の「所属」意識は、いわゆる「村社会」を支えている意識ともいえるだろう。「村」は地域社会・企業・部課など様々な形態をとるが、日本人はいろいろな「村」に所属していることがもっとも安心でき、そこから抜け出すことに抵抗感を感じる。何か不満がある場合は、その「村」に所属したまま、責任者を告発したり、よりよい環境に改善したりという行動に出る。

企業に入社するときに英語で「join」という言葉を使うが、これは「参加」イデオロギーを端的に表しているように思う。日本語の「会社に入る」は、その企業の中に入って所属する意識が現れている。

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