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2006年9月12日

「させていただきます」の普及と敬意低減の法則

「~させていただきます」という敬語表現をよく耳にするようになった。「ご説明させていただきます」「ご提案させていただきます」「次のスライドに移らせていただきます」などだ。「移らせていただきます」「遅らせていただきます」という誤用もときどきある。

東京外語大教授の井上史雄氏は、「~せていただく」が普及している背景を「敬意低減の法則」で説明している。敬意低減の法則とは、「ことばの丁寧さの度合いが、使われているうちに以前より下がり、乱暴に感じられる」ことだ。日本語の二人称代名詞がその典型である。「貴様」は、中世では武家の書面で使われる格調高いことばだったのが、19世紀初めに対等の相手への話しことばになり、現在は罵りことばにまで落ちている。

「~ていただく」の前身は、江戸中期に使われ始めた「~てもらう」である。このことばの敬意が徐々にすり減って、「~せてもらいます」では失礼な感じがするようになった。それを避けるために「~せていただく」が登場したという。

また、「~せていただく」は全ての動詞につけられる便利な言葉である。「食べる」を「召し上がる」「いただく」、「行く」を「おいでになる」「うかがう」と使い分けるのは面倒だ。「~せていただく」で、この複雑さを避けることができる。このことも、広く使われるようになった要因だ。

さらに時代の変化も影響している。尊敬語や謙譲語は相手との関係を「上下」でとらえていた。身分制度が崩壊して全ての人が平等という考えが広まるにつれ、上下関係の敬語表現から、聞き手との親疎関係に応じて使い分ける「左右敬語」の時代になった。「~せていただく」は、左右敬語の代表である。

とはいえ、従来の敬語がそうであったように、過剰に使うのは禁物だ。私は、「~させていただきます」をたくさん使う相手には、「いちいち許可を求めなくてよい」と言い返したくなる。「させていただきます」が気になるのは私だけではないようで、グローバルナレッジネットワークの田中淳子氏は「速効! SEのためのコミュニケーション実践塾」
で、好ましくない日本語表現の最初に「させていただきます」を挙げている。

最初に挙げた例なら、シンプルに「ご説明します」「ご提案します」「次のスライドに移ります」と言えばよい。敬意が足りないように感じて居心地が悪いなら、「説明いたします」「提案いたします」「次のスライドをご覧ください」という表現がある。便利だからといってひとつの言葉ですませていると、日本語の力がどんどん落ちる。

2009年9月14日追記
「ご説明します」の「ご(御)」の用法について別記事でまとめた。

「ご説明します」の「ご」は謙譲語である
http://raven.air-nifty.com/night/2009/09/post-1c5e.html

(参考文献)
NHK「日本語なるほど塾」テキスト「近ごろ気になる敬語の話」(井上史雄、2004年11月)
「その敬語では恥をかく!」(井上文雄、PHPハンドブック)

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コメント

 先日のニュース、(伊勢市の保健所が食品何とか法違反により、某老舗の営業停止処分をその老舗の社長に言い渡す場面で)「営業停止処分にさせていただきます」をきいて、私は吹出してしまい、更に、ここまで日本語がでたらめに使われている現状に対して、落胆を感じました。

投稿: カズ | 2007年10月20日 09時24分

『~させていただきます』の使いすぎに同意! 特に政治家が連発すると尊敬心が・・・ 民主党の○山さん 貴方のことです。

投稿: | 2009年3月29日 17時34分

「ご説明します」が正しいって?
文章書いてる人もアホか。自分の行動に「ご」付けてどうすんだよ。

投稿: R | 2009年9月14日 08時28分

Rさん

自分の行動であるからこそ、謙譲の意を表す「ご」を付けているわけです。別記事でご説明します。
http://raven.air-nifty.com/night/2009/09/post-1c5e.html

投稿: raven | 2009年9月14日 21時11分

この記事へのコメントは終了しました。

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