「言った、言わない」は根絶できない
「『言った、言わない』がどうしてなくならないか」という大木豊成氏のブログ(参考記事)に、その原因は記憶力ではなく、人間関係であるというコメントを書いた。「言った、言わない」をなくすために、議事録を書いたりメールで確認したりと、みんなが工夫をしている。しかし人間は、自分に都合のいいように物事を解釈するものだ。特に利害が対立している場合に、その傾向が顕著に現れる。人間関係が良好であれば、多少行き違いや勘違いがあったとしても、協力して解決するだろう。
議事録を否定するわけではない。しかし、議事録を書くという行為自体に、作成者の主観のフィルターがかかっている。自分に都合のいいように解釈して、議事録を残すことができる。当然、議事録を作成したあとは全参加者の合意をとるわけだが、そのときには問題にならなくても、あとになって「実はそういうつもりじゃなかった」ということはある。
公正中立であるはずのマスメディア(娯楽系やゴシップ系は除く)であっても、同じ事物を見聞きした複数のメディアが、全く異なる基調の記事を掲載することがしょっちゅうある。ソニー・コンピュータエンタテインメント久多良木社長の9月6日の会見を報じた記事がそうだ。
リチウムイオン電池のリコール問題や、青色半導体レーザー用チップの生産遅れによるPS3出荷遅延を引き合いに出して、記者たちがソニーの技術力低下を問いただした。それに対する久多良木氏の回答を各紙はこう伝えている。
久多良木SCE社長 「ソニーの力落ちている」 グループに不協和音
(日本経済新聞 9月7日朝刊)
「(ソニーが部品の量産を)できると言ったからSCEは出荷計画を発表したが、できないと言うことは何か能力が欠けているのだろう」と語った。 また「本当はソニー担当者が(記者会見に)来るべきだが来ていないと不満をにじませ、「ソニーの物作りの力が落ちているのではと問われれば、きょうの時点ではその通りと言うしかない」と述べた。
【PS3続報】久多良木氏,「出荷遅れの経緯」「Cellの現状」「ソニーの技術力低下」を語る【訂正あり】
日経エレクトロニクス
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060906/120881/
Liイオン電池の回収問題が明らかになった直後ということもあり,会見では「ソニー・グループの技術力が低下している象徴なのではないか」という質問が相次いだ。久多良木氏は,そもそもイノベーション(技術革新)にはリスクがつきものであり,今回の青紫色半導体レーザのような未開拓領域の技術開発が滞ったことを技術力の低下とされることは心外だとしつつも,「『やはり(低下した)ね』ではなく,『何とか乗り切ったね』と言われるためには,(今回掲げた目標を達成するという)結果を出すしかない」と現場を鼓舞した。
【詳報:PS3量産遅れ】「リスクを取らなければイノベーションはない」と久多良木氏
(ITpro)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060906/247387/?ST=newtech&P=1
記者会見の会場で,「これでまた,ソニーの技術力を疑う風潮が強まるのではないか」との質問が相次いだが,久多良木氏は,「ソニー全体のことに言及する立場にはない」と前置きした上で,「言葉で説明するより,実績で示すしかない」と締めくくった。
「プレステ3」欧州発売を延期、部品の量産化遅れる
(読売新聞ホームページ)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20060906it14.htm
レーザーダイオード量産が遅れたことは、ソニーの技術力が低下している表れではないかとの指摘に、久多良木社長は「何かしら能力がないと言われれば、その通りかもしれない」と述べた。
日経新聞は、ソニーの技術力が低下していると久多良木氏が語ったとしている。いっぽう日経エレクトロニクスは、それは心外と述べたという内容である。全く正反対だ。
こうなると、どちらが正しいかを知るには、実際のやりとりの録音を全部聴くしかない。ビジネスの現場でも、同じことを聴いた複数の人が、それぞれ別の解釈をすることがよくある。かといって、白黒はっきりさせるために録音しようものなら、一気に関係が悪化する。録音するという行為は、相手を信用していないというのとほとんど同義だからだ。
人間関係を良好にすればよいと言っても、ビジネスに利害関係は切っても切り離せないので、「言った、言わない」をなくすことは原理的に不可能である。もちろん、議事録などの記録を残して逐次確認する努力を欠かしてはいけない。しかし、「言った、言わない」が必ず出てくることを前提に、心の準備やリスクマネジメントをおこなうのが現実的だろう。
(参考記事)
言った、言わない(「走れ!プロジェクトマネージャー!」)
http://blogs.itmedia.co.jp/tooki/2006/09/post_56e3.html
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