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2009年1月の5件の記事

2009年1月24日

リングノートを横にして使う

大多数の人は横罫のノートを縦のまま、つまり左右開きで使っていると思うが、私は方眼のリングノートを横にして使っている。

打ち合わせのメモは、キーワードだけを書き留めたり、決定事項やアクションアイテムを箇条書きにしたり、システム構成図などの図表を描いたりする。まとまった文章を書いているわけではないから、罫線はあまり意味がない。方眼や無地のページに自由に書いた方がいい。

いざ始めてみると、これがなかなかいい具合だ。おおむね左側を使い、右3分の1くらいは空白が多い。打ち合わせの時に思い付いたアイディアをその部分に書き留める。ちなみにその部分は緑色のインクを使う。斎藤孝の三色方式だ。重要はキーワードは赤いインクで下線を引いたり丸でぐるぐる囲んだり、キーワード間を線で結んだりする。自分のアクションアイテムは、赤インクで四角のチェックボックスを着けておく。こうすれば忘れない。

リングノートを使っているのはもともと打ち合わせの同席者にほかのページを見られたくないためだが、横にして使いやすいというメリットもある。さらにリングを上にすると、書くときの邪魔にならない。

(本ブログの関連記事)
打ち合わせで使うノートの条件
http://raven.air-nifty.com/night/2006/11/post_576a.html

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2009年1月22日

列車の停車駅はwillか現在形か

先日、西武池袋線に乗ったとき、次のような車内アナウンスが流れた。

Next stop after Nerima will be Oizumi Gakuen.

この電車は通勤準急で、練馬駅の次は大泉学園駅に停車する。問題は「will」を使うのが正しいかどうかだ。

「ハートで感じる英文法」によると、willの基本イメージは「意志」である。何かをするという話者の意志。そしてそこから派生して、話者が十分な確信を持っている未来の事柄がwillの本質である。「It will rain tomorrow.」は、明日はかなりの確率で雨が降ると確信していることを表す。

列車の停車駅は発車時に既に決まっているから、「Next stop after Nerima will be Oizumi Gakuen.」では不自然。現在形を使うべきではないだろうか。現在形が表す未来は、「事実と考えられるほど確かな未来」である(大西・マクベイ「ハートで感じる英文法」より)。

Next stop after Nerima is Oizumi Gakuen.

もしかすると、人身事故などの不測の事態によって大泉学園の手前で止まることも予想されるから、それも考慮してwillなのかもしれない。どういう意図なのかは、この文を作った人に聞くしかない。

JRやほかの私鉄の車内アナウンスがどんな言い回しを使っているかを調べると面白そうだ。サンノゼ出張のときは、サンフランシスコ国際空港の空港内シャトル列車で車内アナウンスを聞く機会がある。これまで聞き流していたが、今度行ったときは助動詞の使い方に注意して聞いてみよう。

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2009年1月21日

英語は「前から限定、後ろから説明」がネイティブの感覚

「英語は後ろから訳しなさい」と高校あたりで習った覚えがある。たとえば、

This is the house where I was born.

という例文では、「where I was born」を先に訳し、次に「the house」を訳して、「これは、私が生まれた家です」となる。至極もっともな教え方だし、自然な日本語にするならこうせざるを得ない。しかしこれに縛られていて、英作文で苦労することになっているのではないだろうか。「ハートで感じる英文法」3部作を読んでそう考えるようになった。

このシリーズは目から鱗がぼろぼろ落ちるほど面白かった。特に重要なポイントは、英語は配置のことばであり、並べることで説明する、そして「前から限定、後ろから説明」という原則である。これらの原則をもとにすると、「左から右に文章を作る」というネイティブが当たり前にやっていることができるようになる。左から右に文章を作るのは、後ろから訳すという英文読解テクニックとまるっきり逆である。

上の例文をネイティブ的発想で作ると、こういうことになる。まず「This is the house」という骨格の文ができる。定冠詞theを使っているのは、いま見ている家にスポットライトを当てて、ほかの家と区別しているからだ。ネイティブの頭の中では、まずひとつのものにスポットライトを当てるためにtheが思い浮かび、そこにhouseという単語をはめ込む。これは「前から限定」の原則である。the houseだけでは情報が不足しているので、どんな家かということを「where I was born」というwhere節で「後ろから説明」する。

あるレベル以上の英語学習者が悩むのが、関係節で修飾された名詞に不定冠詞(a/an)を付けるべきか、定冠詞theを付けるべきかである。ここで犯しがちな間違いは、関係節で限定されているのでtheを付けるという考え方だろう。上の例文は確かにそうなっているようにも見える。しかし本質は異なる。theを使っているのは、いま見ている(もしくは話題にしている)houseにスポットライトを当てて「前から限定」するためである。このことは、次の2つの例文を対比することで理解できるだろう。

This is a house where I lived.
This is the house where I lived.

生まれてからいままでに何回か引っ越している人なら、住んだ家は複数ある。その複数の家のうちのひとつということを「前から限定」するために不定冠詞aをつかう。二番目のtheを使った例文は、その人が一度も引っ越していないということを意味していて、その唯一の家にスポットライトを当てるためにtheを使っている。「後ろから説明」している語句の有無とは別の原則で「前から限定」するために冠詞を使い分けるのである。

そもそも「名詞に冠詞が付く」という発想が間違いの元である。マーク・ピーターセンが「日本人の英語」で次のように書いている。冠詞は名詞の添え物ではない。ネイティブの頭には、まず冠詞が浮かび、それに名詞が付く。

ネイティブ・スピーカーにとって、「名詞にaをつける」という表現は無意味である。

英語で話すとき --- ものを書くときも、考えるときも --- 先行して意味的カテゴリーを決めるのは名詞ではなく、aの有無である。そのカテゴリーに適切な名詞が選ばれるのはその次である。もし「つける」で表現すれば、「aに名詞をつける」としかいいようがない。「名詞にaをつける」という考え方は、実際には英語の世界には存在しないからである。

(本ブログの関連記事)
「ハートで感じる英文法」(大西泰斗、ポール・マクベイ)
http://raven.air-nifty.com/night/2008/11/post-7ee3.html




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2009年1月19日

DropMyRights

ポッドキャスト「Security Now!」Episode #176でDropMyRightsを紹介していた。

Windowsクライアントは伝統的にAdministrator権限を持つユーザで利用する習慣がある。その前身のMS-DOSからWindows95/98/Meに至るまで、ユーザアカウントという概念がないか希薄だったからだろう。これに対してUNIXは、マルチアカウントで使うことが(たぶん)開発当初からの前提である。通常は非特権ユーザでシステムを利用し、特権ユーザでなければできない操作を行う場合は、その都度sudoコマンドやsuコマンドを使ってrootになる。

もちろん、UNIXの慣習のほうががセキュリティ上好ましい。Windowsでは、ruasコマンドを使って制限ユーザが一時的にAdministrator権限を獲得できる。しかしWindowsではAdministrator権限でシステムを使うことが常識と化しているので、制限ユーザで使うとアプリケーションがうまく動作しないことがあるようだ。開発サイドが制限ユーザでの運用を前提にしていないためだろう。制限ユーザで動けばAdministrator権限でも動くはずなので、本来はテストを制限ユーザで行っておくべきだ。ただし、デバッグ時はAdministrator権限が必要で、2つのユーザを使い分けるという面倒なことになる。開発コストを節約したり大多数のユーザの使い方にあわせるという意味では、理解できなくはない。

Windowsを通常はAdministrator権限で使っていて、インターネットという"危険な"場所にアクセスするWebブラウザやメールソフトだけより小さな権限で動かせるソフトがDropMyRightsである。UNIXのsuコマンドの逆の働きをする。Windows XPに追加されたAPIを使っていて、開発したのはマイクロソフトの技術者だが、サポート対象外のツールだ。

(参考記事)
Windows XP でユーザー アカウントに最小特権の原則を適用する
http://technet.microsoft.com/ja-jp/library/bb456992.aspx

Browsing the Web and Reading E-mail Safely as an Administrator
http://msdn.microsoft.com/en-us/library/ms972827.aspx

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2009年1月17日

筆記療法

ネガティブな感情をうまく処理する方法に、「筆記療法」というものがあるそうだ(注)。

経営者向けのコーチング事業を手がけている野村総合研究所の永井恒男IDELEAチーム事業推進責任者は、次のように語る。「ネガティブな感情がたまってきたとき、何を感じているかを紙に書き出す。文章は論理的でなくてもいい。すると、次第に感情が冷静になってくる。だんだんと何が問題で、自分はどう行動すべきなのかが見えるようになる」。筆記療法の効果を心理学的に検証している書籍に「筆記療法」(発行は北大路書房)がある。

実はカバンの中に秘密のノートを一冊入れている。書いているのは、他の社員に対する不満だったり、ユーザやパートナーに対する文句だったり、とても人には見せられないようなものである。これが実は筆記療法になっていたようだ。ちなみに、筆記具は万年筆を使う。すらすらと出てくるインクや、その濃淡の変化を見ていると、心が落ち着く。

以前、布団の中に入って電気を消しても、ユーザ先の重大トラブルのことが頭から消えず寝付けなかったときがある。このままだとユーザ業務やパートナーのビジネスへの影響が甚大だ、あれをやってみるといいかもしれないが、うまくいかないかもしれない、他の手は何があるかといったことを考え出すと、どんどん頭が冴えてきて、気がつくと2時を回っている。思い切って起きて、不安なことや解決のためのアイディアなどをメモ用に一気に書き出してみたら、頭の中がすっきりしてすぐに眠れるようになった。これも筆記療法なのだろう。

飲み屋で同僚に上司の不満を愚痴るのと似ているが、自分だけでできる点がよい。他の人に自分のネガティブ感情をぶつけるのは、仲間意識を醸成する効果がないとは言えないが、あまり生産的ではないし、そういった発言は意外なところで批判対象本人の耳に入るものだ。一見同情しながら聞いている相手も、いい印象を持たないだろう。

(注)「日経コンピュータ」2009年1月15号「特集3 感動するチーム」囲み記事

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