素粒子理論
2008年のノーベル物理学賞を日本人2名(小林誠氏、益川敏英氏)と、アメリカに移住した南部陽一郎氏が受賞し、にわかに素粒子理論が注目を浴びた。素粒子理論は、紙と鉛筆だけでこの世の中の基本原理を追求するとよく表現される。実際、この3氏が活躍していたころはそうだったし、私が大学院で素粒子理論を先行していた80年代前半に、コンピュータを使ったシミュレーションの手法がようやく使われ始めた程度で、大半の研究者は紙と鉛筆(もしくはボールペン)でシコシコと計算していた。私が修士論文で行った研究は、ひとつの式がA4のレポート用紙何枚にも及ぶ長大な計算が必要だった。いまだったらコンピュータのプログラムでササッとすませてしまうところだろう。
南部氏の「対称性の自発的破れ」は1960年代、小林・益川両氏のCP対称性の破れは1973年に発表された理論である。30年以上たってノーベル賞受賞対象となった。その間に大型加速器がいくつも建設され、理論の正しさが少しずつ検証されてきた。つまり理論の検証に数十年かかるのが現代の素粒子理論なのである。
物理学は理論と実験の両輪がかみ合って発展してきた。しかし素粒子物理学が対象とするエネルギー領域が非常に高くなってしまったため、最新の理論の検証は容易ではない。超大型の粒子加速器が必要である。スイスのCERNで昨年完成したLHCがその最先端だ。80年代にはアメリカでSSCという大型加速器の建設が計画されていた。ところが政府の予算削減のあおりを食って計画は中止となった。普段の生活に直接の利益が認められない基礎研究に何十億もの税金を投入することに対しては、厳しい目が向けられてもしかたがない。
80年代前半の研究者たちの間では、素粒子理論を続けることに不安を持つものも少なくなかった。いくら理論を構築しても、検証できなければ物理学と言えない。いまやっている研究に果たして意味があるのか。さらに大学の研究職ポストも限られている。研究で生計を立てていけるのか。私などは早々に自分の能力に見切りを付け、一般企業に就職した。
南部氏の「クォーク第2版」(1998年)の最後に次の一節がある。
素粒子物理学は一つの転換期(あるいは危機と言ってもよい)に直面している。実験と理論が助け合いながら、足並みをそろえて進むという、従来の自然科学の伝統が破られようとしている。これは、理論の躍進と実験能力の行き詰まりの両方がたまたま同時に起こったからである。
しかしこういった研究は、いったん歩みを止めてしまうと、取り返すのが容易でないというのも事実である。地道に研究を続けている人たちには頭が下がる。
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