カテゴリー「書籍・雑誌」の23件の記事

2010年3月12日

ITエンジニア必読『プログラマのための文字コード技術入門』

本書は、文字コードに関わるITエンジニア必読の書である。と言うことは、全てのITエンジニアが対象ということになる。「プログラマのための」と銘打っているが、サポートエンジニアでも運用エンジニアでもプリセールスSEでも、メールやブラウザなどで文字化けを見た経験があるはずだ。ブラウザのエンコーディングの設定を変えれば治ることがある。日本語ファイル名が文字化けする可能性があるからASCII文字でファイル名を付けて交換するという対処はよく行われる。本書を読めば、文字化けの根本原因が理解できるようになる。

Webの断片的な情報で文字コードを理解しようとすると、どこから手をつけていいのか、この情報とあの情報の関係はどうなっているのかなど、路頭に迷ってしまう。根本原因を知るには、文字コードの規格だけでなく、歴史や規格の背景まで知る必要がある。そして文字の背景には文化も存在し、それを避けて通ることがことができない。本書はこれらのテーマをとても分かりやすく体系立てて解説してくれる。Shift_JIS、EUC-JP、Unicodeなどの文字コードをていねいに解説したあと、文字コード変換やインターネットでの文字コードの実装、JavaやRubyでの文字コードの実装、そして代表的なトラブルの対処方法として「全角・半角問題」「円記号問題」「波ダッシュ問題」を取り上げている。これは、これまでの知識の応用例でもある。

著者の次の言葉が非常に印象に残った。

本書では上記の各種トラブルについて、文字コードの原理原則に立ち返ったうえで現象の意味を考察しました。こうしたやり方は一見迂遠で理屈っぽいように映るかもしれません。しかし、小手先の対症療法でない本質的な解決のためには、原理に立脚した議論が必要であるはずです。

本書で述べていない別のトラブルに遭遇したときにも、文字コードの原則に基づいた考察方法は確かな視野を与えてくれるはずです。

(「第8章 はまりやすい落とし穴とその対処」より)

これもまた、原理・原則アプローチのひとつである。表面上の現象やテクニックだけでなく、その背後に潜む原理・原則や、物事に対応するときの原理・原則を身につけておけば、さまざまな場面で応用が利く。

文字コードというテーマは、書籍でなければきちんと論じることができない部分がある。例えばひとつの文字コードに包摂されている複数の字体を例示するとき。あるいは、JIS規格の版によって字形が変わってしまったもの。そしてJIS X0213で追加された第3水準・第4水準漢字を扱うとき。これらの文字コードの字体は、OSやブラウザ、インストールされているフォントに依存する。書き手の意図と異なる字体が自体が表示されてしまう可能性がある(注)。読み手全てが同じ字体を見ることができるというのは、書籍の大きなメリットである。

(注)字形が変わってしまいそうな箇所を画像にするという手はあるが。

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2009年4月25日

素粒子理論

2008年のノーベル物理学賞を日本人2名(小林誠氏、益川敏英氏)と、アメリカに移住した南部陽一郎氏が受賞し、にわかに素粒子理論が注目を浴びた。素粒子理論は、紙と鉛筆だけでこの世の中の基本原理を追求するとよく表現される。実際、この3氏が活躍していたころはそうだったし、私が大学院で素粒子理論を先行していた80年代前半に、コンピュータを使ったシミュレーションの手法がようやく使われ始めた程度で、大半の研究者は紙と鉛筆(もしくはボールペン)でシコシコと計算していた。私が修士論文で行った研究は、ひとつの式がA4のレポート用紙何枚にも及ぶ長大な計算が必要だった。いまだったらコンピュータのプログラムでササッとすませてしまうところだろう。

南部氏の「対称性の自発的破れ」は1960年代、小林・益川両氏のCP対称性の破れは1973年に発表された理論である。30年以上たってノーベル賞受賞対象となった。その間に大型加速器がいくつも建設され、理論の正しさが少しずつ検証されてきた。つまり理論の検証に数十年かかるのが現代の素粒子理論なのである。

物理学は理論と実験の両輪がかみ合って発展してきた。しかし素粒子物理学が対象とするエネルギー領域が非常に高くなってしまったため、最新の理論の検証は容易ではない。超大型の粒子加速器が必要である。スイスのCERNで昨年完成したLHCがその最先端だ。80年代にはアメリカでSSCという大型加速器の建設が計画されていた。ところが政府の予算削減のあおりを食って計画は中止となった。普段の生活に直接の利益が認められない基礎研究に何十億もの税金を投入することに対しては、厳しい目が向けられてもしかたがない。

80年代前半の研究者たちの間では、素粒子理論を続けることに不安を持つものも少なくなかった。いくら理論を構築しても、検証できなければ物理学と言えない。いまやっている研究に果たして意味があるのか。さらに大学の研究職ポストも限られている。研究で生計を立てていけるのか。私などは早々に自分の能力に見切りを付け、一般企業に就職した。

南部氏の「クォーク第2版」(1998年)の最後に次の一節がある。

素粒子物理学は一つの転換期(あるいは危機と言ってもよい)に直面している。実験と理論が助け合いながら、足並みをそろえて進むという、従来の自然科学の伝統が破られようとしている。これは、理論の躍進と実験能力の行き詰まりの両方がたまたま同時に起こったからである。

しかしこういった研究は、いったん歩みを止めてしまうと、取り返すのが容易でないというのも事実である。地道に研究を続けている人たちには頭が下がる。

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2009年2月18日

オランダの雇用対策(ワッセナー協定)

日経ビジネスのポッドキャスト「伊藤洋一のビジネストレンド」でオランダの雇用対策を取り上げていた。伊藤氏の話には「?」というところがときどきあるので注意が必要だが(特にIT関係)、ひとまずポイントをメモしておく。

オランダは以前、失業率が10%にも達し、「オランダ病」と揶揄されるほどだった。政労使の協定(ワッセナー協定)により、賃金抑制・雇用創出・減税を実施した。その結果、若者の雇用が増えて企業が活性化し、企業の競争力が増すというポジティブなスパイラルが回り出した。いまでは欧州の優等生である。企業が従業員を削減するとき、仕事のできるベテランを残して若者を減すことがあるが、このやり方だと職場が硬直してしまう。

オランダのやり方をお手本とするべきという声を聞く。しかしよく考えると、同じヨーロッパでもオランダしかできていないのである。政労使の話し合いが伝統的にもたれてきたという歴史的背景があるのだろうか。結果だけ真似てもうまくいかない。要注意だ。

(参考記事)
伊藤洋一のビジネストレンド第173回「ワークシェアリングは根づくのか?」1月26日公開
http://nikkei-pod.stream.ne.jp/www09/nikkei-pod/radio/biztrend/biztrend-090126-pc.mp3

「ワークシェア導入論浮上 政労使、痛み分かち合い」(「日本経済新聞」2008年12月26日朝刊3面) [2008年12月26日(金)](佐藤孝弘、怒涛の読書日誌@東京財団)
http://blog.canpan.info/satotakahiro/archive/105

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2009年2月17日

正社員と非正規社員の分かれ目

2008年12月15日のNHKスペシャルで、派遣労働者問題を取り上げていた。正規・派遣労働者の雇用を守るにはどうしたらいいか。一例としてオランダの取り組みが紹介された。オランダでは、仕事内容が同じであれば正社員と同じ賃金が非正規社員にも支払われるし、非正規社員への職業訓練も企業が負担している。バラ色のように見えるが、その反面、政府や企業の負担をカバーするために、消費税は19%である。

別の民放番組では、派遣労働者支援団体の代表や、経営破綻した京急ホテルに残って仕事を続ける料理長らが、金融危機を引き起こした元凶の代表としての外資系金融マンと対決するという構図で対談していた。わかりやすい二極構造を示して、外資系金融マンを悪者扱いするという意図があったのだろうが、金融マンの発言でその構図が崩れてしまった。その金融マンは派遣労働者生活を送っていたことがあるが、その立場に甘んじてはいけないと一念発起し、いまの地位を勝ち取ったという。彼と話をする派遣労働者支援者の矛先が明らかに鈍った。

我が身を振り返ってみると、外資系日本法人、特にまだ日本市場で地位を固めていない小さな会社の社員というものは、正社員であるものの、いつ首を切られるか、いつ会社が無くなるか分からないという点で、派遣労働者と同じように不安定な身分である。しかし山一証券の破綻で分かるように、もはや大企業といえど、正社員の身分が保障されているわけではない。いま取引のある日本企業で、正社員にもかかわらず、事業縮小に伴って解雇となったものが何人かいる。正社員/非正規社員を問わず、万が一の場合に備えて、自ら身を守る準備をしておくべきだろう。

私が最初に就職した会社は国内有数のコンピュータメーカだ。そこで私の上司課長が言ったひとことがいまでも記憶に残っている。

「君たちのやることや言うことをお客さんが信用してくれるのは、あくまでこの会社の看板があるからだ。看板が無くても社外に対してアピールできるだけの実力を付けなさい。」

その手段として彼は資格取得を推進していた。資格は客観的な指標になるから、持っていて損はない。とくに社会人数年目の若い人たちには勧めたい。ただ、私にとって資格は、あくまで手段のひとつにすぎない。書類選考や面接で資格を評価するときは、資格の種類にもよるが、基礎的な素養は持っているだろうという一次フィルタ程度に使う。いちばん大事なのは、これまで何をやってきたか、そしてこれから何ができるか(できそうか)である。

正社員と非正規社員という立場を決める要素にはいろいろあると思うが、本人の努力がもちろん非常に重要なのはいうまでもない。池田信夫氏が述べているように(参考記事を参照)、現代の企業は、能力のある人材を長期間抱え込むために正社員として雇用するのである。代替可能な仕事はなるべくコストをかけずにすませたいから、非正規社員を一時的に雇用する。

もちろん本人が努力にも関わらず乗り越えられない事情もあるだろうし、正社員よりずっとできる派遣社員がいるのも十分承知していると補足しておく。

(参考記事)
19世紀には労働者はみんな「派遣」だった(池田信夫 blog)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/78d36ac0e6fa382a3cdfa1e4cfd43669

正社員はなぜ保護されるのか(池田信夫 blog)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/6f25d91562dde99852b461cf6e7f7179

「オランダのワークシェアリング」(プラネット・TIMES)
http://www1.ntv.co.jp/news/wmtram/news_dw.cgi?movie=081222094.cgi.56k.125599.html

棟岳寺で「オランダ祭り」-オランダ元在住者が日本文化との違いを講演(金沢経済新聞)
http://kanazawa.keizai.biz/headline/351/


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2008年11月20日

「ハートで感じる英文法」(大西泰斗、ポール・マクベイ)

だいぶ前の雑誌「DIME」で読んだ著者大西氏のインタビューが面白かったので買っておいたのに、ずっと積ん読になっていた。ようやく読み始めて、すぐにもっと早く読めばよかったと後悔した。面白い。

これまでの英語教育では、単語や熟語の様々な用例を教え込んできた。私も英文メールを書くときに、辞書で用例を確認する習慣ができている。このメソッドの弱点は、膨大な数の用例を覚えなければいけないことである。大西氏は、最も大切なのは言葉が持つ本質的な意味、「基本イメージ」を理解することであると説く。様々な用例は基本イメージの影にすぎないのである。本質を捕らえよというこの考え方は、原理・原則アプローチにも通じる。物事の本質や行動の原理をしっかり押さえてさえいれば、あとはその応用で様々なことに対処できるのである。

基本イメージを表現する言葉が実に慎重に選ばれている。例えば現在完了は「迫ってくる」、定冠詞theは「ひとつに決まる」といった具合だ。イラストもよくできていて、過去形は「遠く離れた情景」ということを示すイラストにはなるほどと感心した。

進行形の基本イメージは、活動・行為が行われている真っ最中という「躍動感」。マクドナルドのCMキャッチコピーの「I'm loving it」は、平均的な日本の英語学習者には非常に違和感のある表現だ。このlovingは単に「愛している・好きである」という意味ではなく、何か活動や・行為が行われている場面を想起させるということになる。おそらく、マクドナルドのハンバーガやドリンクをむしゃむしゃ食べたりごくごく飲んだり、あるいは一緒にいる友だちと楽しくおしゃべりしたりして楽しもうというメッセージが込められているのだろう。

同じく進行形にするのがためらわれる動詞がhaveである。しかし「I'm having a problem」という表現は海外のユーザや社内のエンジニアが書いた英文によく出てくる。単に「問題が出ている」というのではなく、その問題を解決しようとしてあれこれ試していという意味合いを含んでいると、この本で解説している。なるほど、トラブルで切羽詰まった状況が見えてくるようだ。

これまで相当な量の英語をインプットしたので、この本で挙げられた「基本イメージ」のうちいくつかはなんとなく知っていた。しかしもっと早く読んでいれば、ずっと効率的に、かつ多くの基本イメージが身についただろう。明日からすぐにメールやチャットに応用できる。自分が伝えたい細かいニュアンスを伝えるのに役立ちそうだ。

(本ブログの関連記事)

「前から限定、後ろから説明」がネイティブの感覚
http://raven.air-nifty.com/night/2009/01/post-90ff.html


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2008年7月20日

社会と会社の中央集権主義と分権主義

http://ascii.jp/elem/000/000/151/151210/index-4.html

野口悠紀雄が、遠藤諭(アスキー総合研究所所長)との対談でこう語っている。アメリカの経済システムは市場中心の分権的な仕組みで、日本は中央集権的。ITの歴史は中央集権(メインフレーム)から分散処理(クライアントサーバシステム)への転換だった。従って、分散処理のアメリカとITは相性がよい。そして未だに中央集権的な日本は、最新のIT技術をうまく活用できない。

社会についてはこの通りかもしれないが、会社(企業)については全く逆であろう。アメリカのIT企業に身を置いている自分には、「日経コンピュータ」2008.6.15号で山下徹(NTTデータ )が語った次の違いがしっくり来る。

日本企業は総じてITを使うのに慣れている。特に現場レベルでは世界屈指の水準。しかし 一方で、日本企業ではITで効果を出しにくい。「現場主義」や「改善」と言った日本企業に特有の強みが、ITにとってはマイナスに働いているのではないか。ITは「改革」に向くが、「改善」は苦手。本当にITの効果を出すなら、BPRのような「改革」が必要。

アメリカ企業では、経営層が決めた方針に従って、会社全体が一気に変化を起こす。その変化についていけない社員は会社を去り、新しい方針に賛同するものが新しく参加する。そして、そういった大きな変化を起こすためにITが積極的に活用される。会社の基幹システムのように中央集権的な部分が大きく変更される。ERPによる全体最適などはその好例だ。

日本企業では、ドラスティックな改革はあまり好まれない。改善や改良レベルの小さな変化が積み重なり、徐々に方針が変わっていく。そして、そういった改善や改良は、現場の意見を十分に吸い上げ、現場の同意を得つつ実行されるのが常だろう。いきおい部分最適が多くなる。

この違いの背景にあるイデオロギーの違いが、「プレジデント」2005.7.4号の「市場原理主義が日本で根付かないもう一つの理由」で伊丹敬之(一橋大学大学院商学科教授)が指摘した「所属と参加」である。

アメリカは、国家成立の経緯から「参加」が基本的なイデオロギーだった。現在でも移民が世界中からアメリカに「参加」しに来る。当然、企業へも「参加」しているという意識が強く、報酬や方針などの面でその企業への参加が報われなければ退出すればよいと考える。

これに対して日本の基本イデオロギーは「所属」である。生まれたときから日本という国家に「所属」している。企業にも所属している。日本人は会社に「就職」するのではなく、「就社」すると揶揄されることがあるが、これも所属イデオロギーを別の言葉で言い表している。そして会社への所属が最優先であるから、それを阻害しない小さな変化の積み重ねで会社をよい方向に変えていこうとする。

したがって、アメリカをお手本としてITを活用しようとしても、いまのままではうまくいかない。我々自身が考え方を変えるか、所属イデオロギーに適合するITの活用方法を編み出すしかないだろう。

(参考記事)
日本のITは20年間進化していない──野口悠紀雄が語る
http://ascii.jp/elem/000/000/151/151210/

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2007年12月18日

齋藤孝「読書力」

読書は人間形成の糧であり、コミュニケーション力の土台であるというのが本書を貫く著者の主張だ。読書が教養だった時代が日本にはあった。大学生は本をたくさん読んでいた。海外の人間が、一般庶民の識字率が非常に高いことに驚いたのは有名な話だ。この読書力が戦後経済発展の基礎になったはずだと著者は書く。

現在は、真面目な本を読むことがかっこわるいことで、こんな本を読んだとかこの本が面白かったという話よりも、面白いことやおかしいことをたくさん知っている方が友だちの中で人気が出る。その結果、大学生は本を読まなくなり、日本の地盤沈下が始まったという危機感を著者は抱いている。

これは私も実感する。本多勝一の「日本語の作文技術」という名著がある。30代のエンジニアにこれを勧めたら、「難しくて読めない」という声が返ってきた。実践的な内容を具体例を使って説明した本で、難解な思想を説いたものではないのにだ。こういう「大人の本」を読んだ経験が少ないため、尻込みしてしまったのだろうか。

かくいう私も、小さな子どものころから大学生までは実によく本を読んだが、最近はあまり読まない。読むのはもっぱらビジネス書や業界紙、そしてネットの記事やブログで、必要な情報を得る目的に終始している。中高生のころに読んだのもSFばかりだったから、齋藤氏が薦めているような名作や名著に親しんだ経験があまりない。この本をきっかけで、少し読んでみようという気になった。

私自身の課題は、本は最後まできちんと読まなければならないという考えからどれだけ自由になれるかだ。

本は必ずしも全部読まなければならないというものではない。ほんの一行でも一生の宝になることもある。全部読み切らなければならないと思うから、読書が進まなくなる。印象に残る一文を見いだすという意識で読むのも、読書を進みやすくするコツだ。

時間は有限で、読みたい本・読まなければならない本はたくさんある。全部を同じように隅から隅まで読み込むのは不可能だ。それはわかっている。しかし一文を見つけたとしても、読まなかったところにもっといいものがあるんじゃないかと思ってしまうわけだ。ここからどれだけ割り切って次の本に進めるかが、読書量を増やすために必要な意識変革だ。

日本の読書力は海外でも知られている。本書では「読むことの歴史」(シャルティエ、カバッロ編)から次の部分を引用している。

日本の場合は特殊である。「日いづる国」には、「強力な」読者が知られるかぎりもっとも高密度に集中している。これには近代的な出版産業、高度に整備され洗練された出版業が供給を行なっており、年間およそ四万種類、十五億冊の本が精算・印刷されている。出版社の数も約五〇〇〇企業にのぼる。

これは「本」「読者」「出版産業」を「IT機器」「(IT機器の)ユーザ」「IT産業」と置き換えてもほぼそのまま当てはまる。小さな国に、同じ言葉(ただしグローバルではない)を話す人間が1億人以上ひしめき合って生活している。わざわざリスクを冒して海外に打って出なくても、国内だけで十分に産業として成り立ち、食っていける。これは幸せなことだったが、グローバル化が進んで海外との競争が当たり前になり、海外企業が自由に参入してくる時代では、隔離された世界で無菌培養された産業が死滅する危険性も持ち合わせている。出版業界は言語の壁が非常に高いからそうそう影響を受けないだろうが、IT産業は実に危うい。

精神的な活動と考えられがちな読書を、実は身体的行為であるとするのは、身体論を研究してきた著者ならではの視点だ。その最たるものが「音読」である。以前このブログでも取り上げた三色ボールペンで本に線を引きながら読むやりかたは、頭の中での主観と客観の切り替えを、ボールペンの色を変えるという身体行為に変換しているわけだ。

読書会の勧めとその運営方法や、ひとつの本について複数名が図を書きながら対話するマッピングコミュニケーションなどの読書を楽しくするアイディアは、著者が実践して効果を上げているものだけに具体的でわかりやすく、すぐにでも取りかかれそうな気になる。マッピングコミュニケーションは、仕事の場でも効果的だ。議論が空中戦にならないようにするためには、口頭で話をするのに加えて、ホワイトボードに図を書いたり、共通のテキストに書き込みをしたりして、論点がすれ違わないようにする。チェンジビジョンの平鍋健児氏が使っている「ペアボード」がその一つだ(参考記事)。

読書会に参加した人の読みのレベル差が運営に支障を来すことがある。読みが深い人はどんどん発言できるが、そうでない人(実はこちらの割合が多い)が発言できず、対話に加われないというアンバランスが起きる。それを避けるために著者が行っているのが、最後まで読んでこなくてもよいから、自分が面白いと思ったところに緑の線を引いてきて、それを順番に発表するというやり方だ。これなら誰にでもできる。面白いと思うことは誰にでもできるし、なぜ面白いと思ったかは人それぞれだから、批判される筋合いもない。読みのレベルが高い人が思いつかなかった視点が提示されることもあって、場が活性する。

これは会社の会議でも使えそうだ。マネージャやリーダが話し続ける会議というのは生産性が低いし、メンバーのモチベーションを下げてしまいかねない。メンバーに活発に発言させるために、日頃の業務について順番に話をさせるということはよくやるが、単なる業務報告に終わってしまって面白くない。その人とマネージャだけの会話になることもある。例えば、先週面白かったことひゃ興味を惹かれたことというテーマで話をさせるのはどうだろうか。仕事でもいいし、読んだ本や雑誌でもよい。インターネットでこういう面白い記事やニュースを見つけたというのでもいいだろう。よりカジュアルな話し合いにするなら、趣味や私生活まで範囲を広げるものよいだろう。チームビルディングに使えそうな気がする。

本を読んだ後、それが記憶に残らないという悩みを私も持っている。せっかく読んだのに、それが自分の血となり肉となっているのかわからなくて不安になる。学んだことを定着させるには、それを使うのが一番。それにあらためて気づかされたのは、読んだ本について誰かに話して聞かせることや、面白いと思った部分を書き写して、それを膨らませて作文にするというアイディアだ。使っているうちに本の内容が頭に刻み込まれて定着し、自分のものになる。話し掛けた相手からのフィードバックで考えが深まるかも知れない。ブログに書くのもいいだろう。実際、この記事を書いているのも、この本に触発されたからだ。

人に話して聞かせたり文章にしたりするときには、なぜ自分がその本やその部分を面白いと思ったのかを説明できなければならない。相手はその本を読んでいないから、共通の土俵の上にいない。この説明をすっ飛ばしてしまうと、「読んで面白かったよ」というだけの会話や文章になり、そこから話が広がらない。自分の考えを整理し、言葉にして説明できる力は、ビジネスコミュニケーション、特に海外の人間とのコミュニケーションで必須のスキルだ。文化的背景や受けた教育、さらに職歴も異なる相手に自分の思いを伝え、自分がやりたいことを人を動かして実現していくためには、一に説明、二に説明、三も四も五も説明だ。「これをやるとなぜいいのか、自社にとってのメリットはなにか、やってもらう人間にとってはどんないいことがあるのか」。これを言葉にして伝えていくことが欠かせない。

齋藤氏が授業で行っているブックリストの交換は、自分が面白いと思ったことをきちんと言葉で説明できるようにするという訓練になっている。アメリカの小学校でやっている「Show and Tell」と同じだ。自分が好きなものを学校に持ってきて、みんなに見せながら、なぜそれが好きなのかを説明する。アメリカでもここ10年くらいで始まったものだということを聞いたが、日本ではまず見かけない。こういうところでプレゼンテーション能力や表現力、意地の悪い言い方をすると図々しさや自己顕示力の強さに差が付いてきているのだろう。そして、いままでの日本の奥ゆかしさや物静かさは、グローバル社会で格好のカモになりつつある。

したがって、著者が言う「読書はコミュニケーション力を鍛える」というのは、単に本を読むだけでなく、その後の活動がきわめて重要になる。読んで本棚に置いておくだけではコミュニケーション力は向上しない。大量の読書(著者は文庫系100冊・新書系50冊という目安を上げる)をインプットとし、様々なアウトプットを行い、それに対するフィードバックを再び自分の中に取り込んでいく必要がある。

(参考記事)
見える化によるプロジェクトファシリテーション
http://www2.npo-aip.or.jp/aip-community/pdf/ProjectFacilitation20051124.pdf


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2007年3月13日

オタクになりたいドットコム

ポッドキャストSecurity Now!Nerds On Siteという新しいスポンサーが付いた。システムのトラブルシューティングやセットアップなどを支援する団体。会社ではなく、技術者のコミュニティに近いようだ。

Nerdというのは、いわばオタク。あまりよいニュアンスの言葉ではないらしいが、それを団体名やサイト名に使っているところがすごい。WebサイトのURLがまた傑作。http://www.iwanttobeanerd.com/。「I want to be a nerd」、つまり「オタクになりたいドットコム」だ。司会のLeoもおかしくてしょうがないらしく、笑いながらURLを紹介しているし、Episode #82では、「アーイ・ウォントゥ・ビー・ア・ナーード!」と、いやに気合いの入った声でスポンサー紹介していて、これまた笑える。

Steve Gibsonは、ハードディスクのメンテナンス&リカバリソフトウェアSpinRiteの開発者。SpinRiteに助けられた人々の声をSecurity Now!の中で紹介している。そんななかに、SpinRiteで会社をクビになったエンジニアの話があった(Episode #72)。

さっさとディスクをフォーマットしてしまえばよかったものを、勝手にSpinRiteを使ってリカバリした。リカバリは成功し、データを失わずにすんだユーザに大変感謝されたのに、会社の指示に従わずに長時間作業したとして、そのエンジニアは解雇されてしまった。その話をSteveに聞いたNerd On Siteのメンバーは、「それは誰? ぜひ仲間にしたい」と興味津々だったそうだ。

会社組織になじまなくても、仕事ができれば十分。いかにもオタク集団らしいエピソードで、これまた笑える。ちなみに、このときのSteveとNerd On Siteの会話のビデオ映像がWebサイトに出ている。

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2007年2月19日

情報処理学会が提言するコンピュータ博物館

昔のコンピュータを保管・展示する公的な博物館を作り、コンピュータの歴史を学ぶ場とするべきだと、情報処理学会が提言している。非常によいことであり、賛成だ。

コンピュータ博物館設立の提言
http://www.ipsj.or.jp/03somu/teigen/museum200702.html

私が知っているのは、富士通川崎工場の富士通テクノロジーホールくらいだ。ここは、リレー式計算機や、富士通コンピュータ生みの親である池田敏雄氏の自筆原稿などを展示している。日本電気や日立製作所はどうだろうか。ホームページを見る限り、それらしき施設は見あたらない。

この提言とは別に、歴史上の出来事や個人の業績に直接関わった機器や、著名なソフトウェアの歴史の展示も、ぜひこれから出てきて欲しいと思う。著名な文豪の展示館には、自筆原稿、原稿執筆に使った万年筆、書斎の机などを展示していることが多い。現在はパソコンで執筆する作家が多いから、作家の業績を集めた展示に、実際に使ったパソコンやキーボードを展示するというのは面白いと思う。

そして、一太郎やATOKのように著名な日本製ソフトウェアのソースコードの展示はどうだろうか。最新版のコードは企業秘密の固まりで無理だろうが、最初のバージョンのコードは公開可能なものもあるだろうし、ITの歴史を語るうえで保管・展示する価値が十分あるように思う。商用ソフトウェアだけでなく、初期の銀行オンラインシステムや生産ライン制御システムなど、企業の基幹システムのソースコードを保管・展示する必要もあるのではないだろうか。

情報処理学会が提言しているのは技術の継承のためのハードウェアの博物館である。もちろんハードウェアの展示は、モノを見せるという点でその効果が見えやすい。それだけでなく、コンピュータが我々の暮らしにどのくらい密接に関わってきたかを記録したり、コンピュータを動作させるのに欠かせないソフトウェアの展示も、同じくらい意義があることだと思う。

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2007年1月10日

「今インドから目を離すな!」(伊藤洋一のビジネストレンド第67回)

中国とインドは、IT産業では切っても切り離せない仲だ。私の会社の開発陣も、半分くらいはインド出身のエンジニアで、しかも非常に優秀。開発の一部をインドにアウトソースもしている。

毎週聴いているポッドキャスト「伊藤洋一のビジネストレンド」。第67回はインドがテーマで、とても興味深かった。メモとして書いておく。

シン首相が来日。シン首相は、大蔵大臣時代に経済開放政策に梶を切った人物。日印は良好な関係を維持している。中国・韓国・北朝鮮との間のような障害はない。安保理常任理事国入りでも協調した。

インドのニーズは、道路や水道などのインフラの整備への日本の技術や資本の投下。いっぽう日本はマーケットとして重視しており、お互いのニーズは明確。「戦略的グローバルパートナーシップ」を組むのは。非常に意味があること。

80年代末まで、インドは世界経済から取り残されていた。ネール首相以来の社会主義により、輸入に高い関税をかけるなどして国内産業を保護。その結果、競争意識が欠如し、経済成長も生まれなかった。さらにインド伝統のカースト制度は、他の領分を侵さないのがルール。これでは起業家精神が養われない。

インド最大の財閥企業タタを生んだのは、パルシー(ペルシャが語源)と呼ばれるイラン移民。たった18万人程度だが、イギリス人が植民地政策で重用したり、パルシーとシーク教徒だけがカーストの制約に縛られなかった。3000とも4000とも言われるカーストは、小さな国やマーケットの寄せ集めと考えられる。カーストを横断できる立場を利用して、自然と力を持った。

インドは、ITとともに世界経済へ登場した。ITはカーストの枠に入らない新しい産業(超カースト)。できる人がやる職域で、カーストの枠を超えて、できる人が集まった。さらにアメリカや世界銀行のニーズに合った。アメリカのエンジニアの6分の1の賃金という低コストで、Y2Kのエンジニア不足を補った。需要が集まる→富が集まる→給料上昇→人が集まるというポジティブなスパイラルで大きな産業に成長。

インド人のITに対する適性(英語と数字に強い)も功を奏した。英語はイギリス植民地の置きみやげ。1本の指で4つ数え、かけ算や割り算も手でできる、99×99まで小学校で覚える。時差も利用できる。たとえば、アメリカの夜間にカルテデータを入力し、朝までに送り返す。

外交がうまい。パキスタンは少々ごたごたしているが、中国やアメリカと和解したし、対立している国がない。

インドが成長を続けるポイントは、教育、イスラム教徒ヒンズー教徒対立、インフラの整備。識字率が35%と非常に低い。農村の貧困。都市のスラムへ移住するが、学校に通わせない。豊かさに参加できるのは2割。裕福なイスラム教徒は、イギリス植民地からの独立時にパキスタンへ移った。インドに取り残されたイスラム教は貧困。差別されていると感じている。テロは収まらないだろう。マーケットが細かく分かれているので、難しい。カースト別はもちろん、北と南でも嗜好が全然違う。

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